◆エリオット・ソーバー著/松本俊吉+網谷祐一+森元良太訳 『進化論の射程 生物学の哲学入門』(2009,春秋社)
章立ては次のようになっている。
第1章 進化論とは何か
第2章 創造論
第3章 適応度
第4章 選択の単位の問題
第5章 適応主義
第6章 体系学
第7章 社会生物学と進化理論の拡張
7年ばかり前にドーキンスの『利己的遺伝子』やデネットの『ダーウィンの危険な思想』を読んでかぶれた身ゆえ、第4章と第5章、それに第7章あたりを楽しみに読み始めたのだが、全巻とてもおもしろく、たいへんためになった。キリスト教徒以外にはとても関心が持てないと思われた第2章のような話題でもしっかり読ませる内容がある。
ドーキンスやデネットの心酔者にとって、ルウォンティンといえば憎きグールドの腰巾着というか(エルドリッジとともに)助さん格さん的存在だが、著者ソーバーは一時そのルウォンティンの研究室にも籍を置き、共同論文も発表している。で、本書ではドーキンスについて多数の言及があり、特に上記第4章、第5章では予想に違わず論難の対象になっている(ちなみに、デネットの名は一度も出てこない)。
しかし、ソーバーの論述はその名のとおり実に冷静沈着で、説得力がある。intuition pump フル稼動のデネットとは全然ちがう。ドーキンスの扱いだって、デネットがグールド一味を遇する時のような「論敵」的なものではまったくない。「提唱者の態度や動機の適切性と理論そのものの妥当性とは別問題。肝心なのは人ではなくて命題」というスタンスが、繰り返し表明される。
生物学の哲学の教科書なのだが、随所でより広く科学哲学あるいは哲学一般に通じる視野のもとに、ヒューム、ポパー、パトナムなどを俎上に乗せて鋭いツッコミを入れている。
翻訳はたいへん読み易い。気になったのは、巻末の参考文献に一切邦訳のデータがなかったこと。入門書・教科書という性格からして、やはり配慮があってしかるべきだったのではないか(先日読んだ同じ出版社の本では、訳文は実に読みにくかったが、注で挙げられた文献の邦訳データの充実ぶりがハンパでなかった)。
74ページに「2619通り」とあるのは「26の19乗通り」の間違いだろう。107ページにも横のものを縦にする際のミスが見られた(「左側の論証」)。それから、誤植かと思ったら私が思い違いをしていただけだったのだが、'Maynard Smith' ('Maynard-Smith' に非ず)は、これで一つの苗字なのですね(
Wikipedia の
注記)。