2009年7月9日木曜日
チャンドス卿の手紙
◆ホフマンスタール著/檜山哲彦訳『チャンドス卿の手紙 他十篇』(1991,岩波文庫)
ホフマンスタールの初期から中期にあたる、21歳から40歳までの短い散文を集めた本。
「人は死に直面した時にしかフルボディの現実を味わうことはできないのだ」と云わんばかりのニヒルな作風の最初期の小説から、死と向き合って日々を営む生命への共感に力点を移した「チャンドス卿の手紙」を経て、その後の作品ではこの種の共感(あるいはその不在)が様々な場面に敷衍される。
「詩についての対話」と題された一編での、象徴を犠牲との類比で捉え、これらをともに成り立たせているのは共感であると論じる件りは、たいへんインパクトがあった。
ホフマンスタールの云う「生命への共感」において、「生命」は半ば神秘、半ば科学の対象という鵺的存在である。そういう「生命」に対してなぜ「共感」が生まれるのかもよくわからない(何しろ神秘ですから)。・・・読んでいるうちにそんな不満を抱いたのだが、これは私のアプローチの仕方が間違っている。ホフマンスタールは別に生命論をやろうとしていたわけではないのだ。
「生命」というのは共感の対象に対して仮に与えられた名前にすぎない。ホフマンスタールの作品は読者を共感へと共振させる装置であり、共感の対象は作品の中で開示される、というか、その対象を名指すことができても、そのことにはあまり意味がない(『戦争と平和』を「ロシアの祖国戦争時代の貴族の話」と呼ぶことにあまり意味がないように)。
以上、ホフマンスタールの本質が掴めるかなと一瞬思って考えてみたのだが、「この人は作家です」に等しいトリヴィアルな結論に終わった。残念。
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